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(2)革新の気運と聖徳太子の御事業

豪族専横(せんおう)の弊風

大陸文物伝来以後、我が国の産業・文化は著しく発達を遂げたが、この間 国内に於いては、豪族専権(ごうぞくせんけん)という弊風が生じ始めていた。

即ち氏族(しぞく)制度は、氏族の職業世襲を本質としていたから、時代の進むとともに朝廷に於ける重 要な地位や官職は 特定の氏族に占められ、やがて これらの豪族のうちから広大な土地や人民を兼併(けんぺい)して、次第に権勢をほしいままにするものが現れてきた。

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(2)革新の気運と聖徳太子の御事業 
豪族専横(せんおう)の弊風 
大陸文物伝来以後、我が国の産業・文化は著しく発達を遂げたが、この間 国内に於いては、豪族専権(ごうぞくせんけん)という弊風が生じ始めていた。 
即ち氏族(しぞく)制度は、氏族の職業世襲を本質としていたから、時代の進むとともに朝廷に於ける重 要な地位や官職は 特定の氏族に占められ、やがて これらの豪族のうちから広大な土地や人民を兼併(けんぺい)して、次第に権勢をほしいままにするものが現れてきた。 
殊に 當時朝廷に並び立って国政に與(あづか)っていた蘇我(そが)・物部(もののべ)の二氏のうち、物部氏が 第31代用明天皇(ようめいてんのう)の御代に亡(ほろ)んでからは、蘇我氏だけがますます勢力を得て、時代に不臣の行為を敢えてするようになった。 
 
大陸及び半島の情勢 
このような国内の情勢は そのまま当時の対外政策にも現れた。 
當時 支那に於いては、国内紛乱の後を承けて 隋が全国を統一していたが、その勢威は次第に四隣(しりん)を圧倒し、遂にはその触手を半島諸国にまで伸ばしはじめていた。 
また 半島に於いては 新羅(しらぎ)の勢力が次第に強大となって しばしば任那(みまな)を侵(おか)し、欽明天皇(きんめいてんのう)の御代、遂に日本府が閉鎖せられて 任那が滅んでからは、新羅は更に百済を侵し、朝鮮は次第に我が国から離れていった。 
このことは 一つに国内に於ける豪族専権の弊風に災(わざわい)せられて、国威の宣揚に欠けることがあったためである。 
 
聖徳太子の御事業 
このように内外の情勢が漸(ようや)く多事となった時、内に於いては 我が肇国の精神に基づいて政治の刷新を断行し、外に国威の宣揚を図り給うたのが、第33代推古天皇(すいこてんのう)の皇太子 聖徳太子(しょうとくたいし)であらせられる。 
 
[1] 国政の刷新 
太子は 先ず 冠位十二階を定めて 官職世襲の弊害を除き、人材登用の道を開かせ給い、次いで 憲法十七条を作って 大義名分を明らかにし、豪族専権を抑え、また官史の向かうべき道を諭(さと)して 国政の刷新を図り給うた。 
 
[2] 国威の発揚 
また 太子は 當時の東亜の情勢に鑑み、国威を大いに宣揚しようと思し召され、再三新羅征伐の軍を遣わされるとともに、隋に小野妹子(おののいもこ)を遣わし、 
日出づる處の天子、書を日没する處の天子に致す。恙(つつが)なきや。 
と国書にかかげて 対等の自主外交を確立せられ、更に留学生を送って 直接支那の文化を採り入れ、我が国力の充実を図り給うた。 
 
[3] 御事業の意義 
太子が深く仏教を信じ、その興隆をお圖りになって 人民の教化に努めさせられ、或いは国史を編纂して我が肇国精神に対する国民の自覚を高めさせられたのも、一つに国政を革新し、国威を世界に御宣揚遊ばされるために外ならなかったのである。 
 
土地人民の私有兼併 
其れ臣(おみ)連(むらじ)等、伴造(とものみやっこ)、國造(くにのみやっこ)、各己(おのおの)が民を置きて、恣情(こころのまま)に駈使(つか)ふ。 
又、國縣(くにあがた)の山海、林野、池田を割(さきと)りて、以て己が財(たから)と為て争い戦うこと已(や)まず。 
或(あるい)は数萬頃(あまたよろずしろ)の田を兼ね併(あわ)せ、或は全(まった)く容針(はりさすばかりの)少地(ところ)も無し。 
「日本書紀」 
 
憲法十七条(けんぽうじゅうしちじょう)(抄出) 
一に曰く、和を以て貴しと為し、忤(さか)うこと無きを宗と為せ。 
二に曰く、篤(あつ)く三寶(さんぼう)を敬へ。三寶は仏法僧なり。 
三に曰く、詔(みことのり)を承(うけたま)わりては必ず謹(つつし)め。君をば則ち天とし、臣(しん)をば則ち地とす。天覆(おお)い地載せて、四時(しじ)順(よ)り行き、万気(ばんき)通うことを得(う)。地、天を覆はむと欲するときは、則ち壊(やぶ)るることを致さむのみ。是を以て、君言(のたま)ふときは臣承(うけたまわ)り、上(かみ)行(おこな)ふときは下靡(なび)く。故に、詔(みことのり)を承りては必ず慎め。謹まずんば自(おのずか)ら敗れなむ。 
七に曰く、人各(おのおの)任(おさし)有り。掌(つかさど)ること宜(よろ)しく濫(みだ)れざるべし。 
十二に曰く、國司(くにのつかさ)、國造(くにのみやつこ)、百姓に斂(おさ)めとること勿(なか)れ。 
十五に曰く、私(し)を背(そむ)きて公(おおやけ)に向(ゆ)くは、これ臣の道なり。ること勿(なか)れ。 
 
 

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